なんとなく。。Ustとかでやってそうなかんじ。
TSUTAYAでDVDを借りるときに外ケースごともっていったときにいわれるアレに
説明ヘタなので、以下の質問にあるTSUTAYAでの借り方について
これ物覚えが悪いので、何回も店員さんに「中身だけで借りれますよ」といわれてしまいます。
しかし考えてみるとこの借り方のルール的なものは客側が強制されるものでもないのでないかと思ってます。
言い方は悪いですが、店側にメリットがあるからそのように促しているだけというものと考えます。
図書館でもメディアを置いていて借りることもできるようになってますが、レンタルショップが図書館と違うのは商いだということです。
外ケースごともっていくとその場から作品がないもののような状態になってしまいます。ですが中のない外ケースが棚にならんでいることによってその作品は店でおいているけど借りてるひとがいるよ、ということが客にもわかるというわけです。
先にしめした質問の回答にパッケージごともってくと棚が空になるような旨の回答がありますが、それは顧客から見れば棚から外れた作品は借りれないということは明確なのですから、心配するのはお店のほうだよねという話です。
暇ということは
避難する暇がなく―― といった表現での「暇」という文字がどうもしっくりこなくて、検索してみるとけっこう使われてるひょうげんなのだなあ、というのが分かりました。
この表現における、「ひま」についてはYahoo!の辞書によれば、1のような意味合いでのつかわれかたのように見受けられます。
Yahoo!辞書 – ひま【暇/閑】 <http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E3%81%B2%E3%81%BE&enc=UTF-8&stype=1&dtype=0>
1 継続する動作などの合間に生じるわずかの時間。「食事をする―もない」「―を見て外出する」
ちょっとみていきたいとおもうんですが、災害にあわれたかたが、『避難する暇がなくて○○』という言い回しをされるのにはいいのですけれども、これを当事者でないかたが、『避難する暇もなかったのでしょうか?』と訊ねるのにはちょっと個人的には抵抗があります。なにか傍から見れば、災難を回避できたのでないか、といった観念があっての質問のようにみえてしまうのです。
どちらかというと、「ひま」という語のイメージが、『暇にしているならば、○○しなさい』のような使われ方のイメージが強いためなのか、先の例の言い回しはむしろ、『避難している暇があるのならば、救助の応援を願いたい』のような使われ方のような気がしないでもないです。これも更に不自然ですが。
災害という非常事態において、「ひま」という時間の単位を用いていること自体がなにかその違和感につながっているのでないかなと感じています。
手のひらをひるがえし?
なんか大会前の評判以上に日本チームの結果がでたためか、Twitterでも岡田監督への謝罪のツイートが増えてきていたそうです。
おもに
#okachan_sorry
というハッシュタグで謝罪のツイートをされているもよう。
まあなんというか、評価の素材が結果くらいしかないものだから、そのときの状況で判断してコメントする、っていうのはほとんどのかたがそうなのでないかなあと思います。自分もそんな口ですし。
謝りたいヒトは誤ったらいいし、俺は信じてたよ、てヒトもそれでいいというか。
ただ大会が終わってからアクション起こしても遅くはないのでないかなあと。マスコミはワールドカップの話題をとると相撲界の例のアレとかそんなとこ(ここで参院選とかでてこないのがアレだけど)だからこんなことでもすぐにとりあげてしまう。。
重いときはこんなかんじ?
Movable Typeでサーバの負荷そのほかの理由で管理画面・動作が重いというときはどのような状態があるかちょっと列挙してみます。
先般サーバ間移動を実行したのですが、移動前のMTでどのようなことがおこっていたのか、というのを思い起こしながら列挙していこうということでやってみます。対処方法はここでは書きませんが。
- mt.cgiへのアクセスに時間がかかる
- ダッシュボードの表示が遅すぎる.或は白い画面になることがある
- テンプレート編集画面での表示の重さが目立つ
- 記事投稿後の反応が遅い.または投稿後に画面が白くなって終了
- ダイナミックのページの表示がいつもより重い
- コメントするとエラー
- ログアウトしても画面が真白
あと確実にサーヴァの負荷というときには、サーヴァの管理画面にアクセスしたときにスクリプトエラーがおきているというのがあります。
以上共用サーヴァで重くなったときの状況でした。
ウイルスバスター不調につき再インストール
ウイルスバスター2010、プロファイルの詳細設定の例外ルールをみにいこうとしたところ、以下のメッセージにより開かれない。
エラーにより実行中のタスクが中断されました。プログラムを再起動してから再度実行してください。問題が解決しない場合は、テクニカルサポートに連絡してください。
(*ダイアログのテキストコピー)
この文言で検索をすると、サポートツールでファイアウォールのアンインストールをしてから再度ファイアウォールをインストールすると解決することがあるとか。
で、やってみたけども変わらないというか余計変な挙動になった気が。
しかたなく、サポートツールでウイルスバスターをアンインストール。このあと再インストールしないといかんので、あらかじめデスクトップに2010のファイルを用意しておく(ダウンロード版なので)。
あとはソフトウェアのアンインストールから。シリアル番号を控えておき再起動を促されたら従う。
再びインストールしなおし。シリアル番号登録して更新可能の状態にして最新版のパタンファイル等を導入しておき完了(この作業が結構だるい
めも:CategoryLabelのない○○
ローカルでなんかやってたので。
<html>
<meta http-equiv="Content-Type"
content="text/html;
charset=UTF-8"
>
<body>
<ul>
<MTIfArchiveTypeEnabled archive_type="Category">
<mt:entries>
<MTUnless tag="CategoryLabel">
<li><$mt:entrytitle$></li>
</MTUnless>
</mt:entries>
</MTIfArchiveTypeEnabled>
</ul>
</body></html>
駐車場での駐車について
駐車場でのことですけれども、後続車がいる場合でバックで車を駐車するといったシチュエーションが苦手なんです。
なんか最悪の場合数台待たせてしまって結果として渋滞を引き起こすみたいな(ここでいう渋滞は交通渋滞というよりは、レジで渋滞とかそんなかんじ)。――と最悪?なケースを考えるんでどうしてもアタマからつっこんでいれるとか道路の入り口から遠いほうへと駐車するようにしてしまいます。
コンデジ:多機種のSDを初期化せずに使うとどうなるか
デジタルカメラで使用するSDカードで別の機種で使っていたSDカードを使うときは、初期化をおこなうようにと取り扱い説明書では明記されていました。
冒頭のとおり初期化をおこなわないままSDを使用する方法は間違ったやりかたです。これによる損害等について責任を負えませんのであらかじめご了承ください
試したのはNikon製のコンデジで日立製コンデジのSDを読むというものです。
結果としてですが、他社製のほうで撮ったデータは読み込みできないが、自機で撮影したデータについては取り込むことができる。 日立製のほうからもそのSDを読み込んでみましたら同様の結果となりました。こちらのほうは画面に読み込めない旨の警告はでないようでしたが。
SD自体をパソコンから読み込みますと2種類のフォルダが存在しているようです。
これらのことから1つのSDで異機種間のデータを共存していたということになるようです。
たまたま結果としてそうなったのかも知れないし、機種によって結果が異なるという可能性もありそうです。ということであくまでも参考情報ということで。
以上、あらかじめSDの中のデータをどこかにバックアップしたのち、使う側の機種でSDの初期化をおこなってから使用するということでしめさせていただきます。
MT5要望を見ていて
MTQ – Movable Type 5 ユーザーコミュニティにMT5.1への要望トピックができていました。
ぱっと見た感想というか、要望そのものについてはじつのところあまり興味がありません。
できなかったことが要望によって叶えられるのっていうのはカスタマイズとは別のものと考えますし。
それはそうとMTのコミュニティ機能のフォーラムまわりは本格的なディスカッションには一寸物足りない部分はあるかなあという感想。良い言い方ではないですけど、MTについているコメント機能がメインコンテンツなページというか。
フォーラム運営するのはvBulletinのような高機能なソフトウェア、もしくはphpBBあたりに譲ってしまうかなあ。。
それと返信機能はあまりつかわれないほうが見やすいとおもうんですけど。本当はツリー表示とか投稿順とか切り替えて表示できたりすればいいんですが。
あとは、各スレッドのトコロのサイドカラムは多分必要ないとおもいます(じゃなくて「です」といいきってもいいか)。もしいるのならば、フッターあたりにでも。要はコミュニティ機能のフォーラムではレイアウトがウェブサイトのページであって、掲示板のようなレイアウトとは一寸違ってるのではないかということです。
